I-Method

8-4 容器包装(1)

 個別リサイクル法の体系は1995年から2002年にかけて完成した。容器包装リサイクル法がもっとも古く、1995年(ただし、完全施行は他の法律とあまり変らない2001年)、自動車リサイクル法がもっとも新しく2002年の制定である。その他の法令は2001年に制定されている。
 公害国会のあった1970年は環境法がまとめて成立した特異年だったが、2001年はリサイクル法がまとめて成立した特異年だった。ちょうどこの年、資源価格の高騰がはじまり、それを後押しするように9.11ニューヨーク同時多発テロが起こった。2001年からの資源価格の大きな上昇は2008年まで続き、7月に暴落、さらにそれを後押しするように9.15リーマンショックが起こった。ニューヨーク同時多発テロもリーマンショックも資源価格が大きく転換した直後に起こり、相場の変動を拡大しているのは、面白い符号である。

1 容器包装リサイクル法の背景

 リサイクル法の中でもっとも歴史が古く、1995年に制定されている。当時は石油価格が安く、デポジット(使い捨て)の時代で、大量の廃プラスチック類が最終処分され、さらにそのかなりの部分が不法投棄現場に流出していた。
 リサイクル法はできたものの、リサイクル技術が確立しておらず、リサイクル価格が高く、またエネエルギー収支もマイナスだった。ペットボトル1本をリサイクルするのにペットボトル数十本の石油が必要だと揶揄されたこともあった。
 当時はRDF化(固形燃料化)が廃プラスチック類の主たるリサイクル方法だったが、RDFを利用できる施設が少ないために、結果的にRDFも不法投棄されていた。その後、RDFは三重県の製造施設の爆発事故をきっかけに絶滅し、現在はカロリーや塩素分をコントロールしたRPFに置き換わって、製紙工場、紡績工場、セメント工場などで年間100万トン以上利用されるようになっている。
 RDF化がうまく機能していなかった現状を踏まえ、容器包装リサイクル法は、マテリアルリサイクル(物質再利用)をサーマルリサイクル(熱源再利用)よりも重視してきた。この原則は今も変らないが、これがリサイクル価格を高止まらせている1つの理由だと考えられている。
 マテリアルリサイクルは製品の品質をよくしようとすれば価格が高くなる。しかし、バージン材料を使用した製品よりも高くなってしまえば売れない。コストを抑えようとすると、今度は品質が低下してしまい、やっぱり売れない。こうしたジレンマを解消するには、価格維持のために補助金を出すしかないのだが、価格補助の制度はない。かつては施設補助の制度があり、先発事業者に有利になっていた。欧米では主流の価格補助に対して、日本はどの省庁でも価格補助が敬遠され、施設補助が主流となってきた。施設補助は無駄な施設ばかり作った「土建行政」の主犯であり、農業分野や建設分野では「トンカチ」と呼ばれて批判されているが、リサイクル分野では草創期の業界を早期に成熟させるためにある程度は機能した。しかし、現在は施設補助もほとんどない。
 容器包装リサイクル法は、入札によってリサイクル価格が決まる仕組みを採用しているため、品質が悪くても安い価格の業者が有利になる。このため、高品質のリサイクル製品は不利になる。ある程度の品質を維持しようとすれば、談合によって価格を高止まりさせておくしかない。容器包装リサイクル法の入札に談合疑惑があるのはこのためである。

先頭のページ 前のページ 次のページ 末尾のページ
I-Method Webセミナーへのへのご意見・ご提案・ご感想をお待ちしております。