I-Method

2-1 悪貨と良貨

悪貨は良貨を駆逐するのか?

 廃棄物には逆転した商品構造と、逆転した業界構造があり、この2つの構造が不法投棄の原因になってきた。仮に不法投棄問題が解決したとしても、この2つの構造が存在するかぎり、廃棄物に特有の新たな問題が続くことになる。
 産廃の世界では「悪化が良貨を駆逐する」、すなわち不法投棄が適正処理と適正価格を妨害すると評されてきた。なかには勝ち誇ったように、この構造をふりかざして、それが不法投棄問題の核心構造だという人もいた。しかし、これは廃棄物のさまざまな問題構造のほんの一端を示したにすぎない。しかも、それほど重要な構造でもなければ、普遍的な構造でもなく、反証はいくらでも見つかる。「高かろう悪かろう」というケースが少なくないのだ。
 その理由はなんだろうか。

 知恵のないスーパーの店主は古くなったリンゴを値下げして売ろうとするが、そうすると古くてまずいことが客にわかってしまう。セーターならシーズン遅れになったセール品でも品質に問題はないが、古いリンゴの品質は問題だ。だから、智恵のある店主はリンゴが古くなっても値下げしない。「高いからおいしいだろう」と思って、よく見ないで買ったリンゴが腐っていることがあるのはそのためだ。廃棄物処理でも同じで、価格を不自然に下げたら、何か不正行為をするのかなと勘ぐられてしまう。だから、不法投棄をやっているからといって、価格を下げたりはしない。もちろん、最初からモグリ(無許可)やテンプラ(偽装)だとわかっている場合は別である。
 産廃の世界では、許可のある適法処理と、無許可の不法処理は、ちゃんと住み分けている。つまりマーケッティング用語でいうセグメント(市場分割)があるので、価格がセグメントに応じて、適法価格(良貨)と不法投棄価格(悪貨)に分裂する。セグメント間で価格が異なっていも、競争は生じない。逆にいうと、もしも競争が生じるならセグメントされていないことになる。セグメントが異なれば、悪貨が良貨を駆逐することはなく、市場全体としては悪貨と良貨が共存しているように見える。
 マーケッティング論ではセグメントは基本中の基本概念で、セグメント間の価格差こそが利益の源泉だと考える。コンビニとディスカウントショップとデパートと通販とでは、同じ商品でも価格が違っている。異なる業態間で価格が平準化しないのは、セグメントが異なるからである。ただし、流行をとらえたセグメントが時代遅れのセグメントのシェアを奪い、やがて古いセグメントが競争に敗れて消失するということはある。郊外型アウトレットモールのような新しいセグメントを開拓すれば、新しい顧客と新しい価格が生まれる。産廃で言えば、リサイクルや資源ごみ輸出が、新しいセグメントとして誕生して新たな価格が生まれ、既存の産廃処理や不法投棄とセグメント間競争を生じてシェアが移動した。市場と市場価格は、生成、分裂、結合、消滅を永遠に繰り返していくものであり、古典派経済学が解くような一物一価が成立する単純な市場はまずありえない。つまり、悪貨が良貨を駆逐するといった単純な構図はどこにもない。

二重構造の意味

 廃棄物処理が適法処理と違法処理に二重構造化していることは、当たり前の指摘のように見えて、そこには意外に深い意味がある。
 二重構造があるということは、市場が垂直に二分されているということで、価格が上下に二重化していることになる。不法投棄の利益の源泉は、この二重価格そのものにある。不法投棄によって得られる利益のなかで、不法投棄業者が得ている利益はごく一部で、適法価格と不法投棄価格の価格差の大半は、別の者に搾取されていた。たとえば1トン3万円で委託された廃棄物が1トン3千円で不法投棄現場に持ち込まれたとすれば、2万7千円の二重価格差は複数の中間搾取業者の収入となっており、不法投棄現場の直接収入は3千円にすぎない。同じような構造が残土処分、土砂運搬、建物解体などにも存在する。
 市場がセグメントされ、価格が多重化しているときには、価格差を利益の源泉とする第三の市場、市場間交換の市場が生まれる。シルクロードの時代から、現代の証券や為替のデリバティブにいたるまで、それがトレーディング(交易)の本質である。トレーディングは価格差があるから商売になる。悪貨が良貨を駆逐するという言葉のほんとうの意味は、良貨が鋳潰されて悪貨に改変されるということである。不法投棄に関して言えば、適正価格で委託された産廃が、違法価格で流出するという意味である。良貨が悪貨との競争に敗れのではなく、良貨が悪貨と交換されるのだ。ただしこの交換は不可逆的で、悪貨が良貨に交換されることはまずない。
 あるいは別の言い方をすれば、良貨を悪貨に交換するレートと、悪貨を良貨に交換するレートが異なっている。不法投棄現場の撤去費用(悪貨を良貨に戻す費用)は、通常の廃棄物処理費用の10倍にもなるのである。

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